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演劇と珈琲、本と酒。

演劇とか珈琲とか本とか酒とかについて綴られるはず。

岸田國士めぐり

ワークショップ用の脚本を選んでいる。

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【エッセイ】演劇と映画のエッセンス

所属している映画ゼミで書いた論文。

後で読み返してみるとひどい出来なのだが、前半は割とまとまってるので、自分のブログで公開します。(ゼミHPには案の定掲載されず……笑)

バザンの演劇と映画論を基に、ピーターブルックの演劇論を解釈しようと試みたけれど詳細な分析ができず、コテンパンにされる。いつかもっとちゃんと取り組んで書きたい。

 

演劇と映画のエッセンス

 アンドレ・バザン『映画とは何か』(1975)をもとに、“Peter Brook: The Tightrope” (2012)を見る。
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劇的表現について

雑記

稽古をしつつ、考えることがある。

演劇は、音楽でもダンスでも漫才でも、舞台の上にのせてしまえばもれなく「演劇」になってしまう。

「表現」という単位で考えたとき、俳優もダンサーも、詩人も文筆家も、ミュージシャン画家も写真家も、皆平等である。各々がもつ表現欲を何によって表現するのか、という選択肢(媒体)は実に多様だ。

だが、舞台上でそれらを統合すれば演劇になり、カメラでそれらをとらえればそれは映画になる。ただそれだけのことだ。

 

どうしてもせりふが出てこない場合は踊ればいい。歌えばいい。絵を描けばいい。大切なのは、せりふをどう言うかではなく、その台詞を言うに至った衝動がどこにあるかであるはずだ。それが声と身体でうまく表現できないならば、絵をかき写真を撮り、詩や小説をかけばいい。

そういった寛容さが、学生演劇の稽古場では絶対に必要である。

 

……もっとも職業俳優は、せりふを言う術に長けていなければならないのだが。

マーティン・スコセッシ監督『ウルフ・オブ・ウォールストリート』

破壊力に満ちた180分。ただただディカプリオの演技に圧倒される。

 

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留学とか諸々のこと

ブログの更新が停滞してしまった。このブログでしたかったことは観劇した劇のレビューだったり、読んだ本の感想を記したりすることだったけれど、それだけだと書ける内容が全然ないことに気づいた。なので、書く(書ける)題材を広げてゆくためにも、自分の日常をメモ的に書いていけたらと思う。特に、日ごろ生きている中で「一本書けるぞ」と思ったことを小出しに発信していけたらと思う。面白いことが言いたい。

 

HBstudioへの留学。

来夏からニューヨークにあるHBstudioへの入学を目指している。

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月刊「根本宗子」『夢と希望の先』

月刊「根本宗子」『夢と希望の先』

を9/29の昼に観劇。

劇団にとって初の本多劇場進出。

私にとっては柿喰う客の『天邪鬼』以来二度目の本多劇場だったのだが、劇場の持つパワーというか根性のようなものがずばずば感じられた。

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フライヤーデザイン。毎公演、根本氏がモデルを担当している。

脚本・演出・主演・モデル

彼女自身が「演劇」を体現しているみたいな劇団、というイメージ。

 

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アマヤドリ『月の剥がれる』

アマヤドリ『月の剥がれる』

観劇。吉祥寺シアターにて。

 

観劇後の衝撃冷めやらず、居ても立っても居られない。今のうちに感じたことをまとめておかないと、忘れちゃいけないことを忘れてしまう、と思って書く。

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