演劇と珈琲、本と酒。

演劇とか珈琲とか本とか酒とかについて綴られるはず。

「傷つきやすさ」について

こっちでシーンの稽古の授業をとっていて、その中で教わったエクササイズの一つに、“7 Seconds Are Nothing” というのがある。(題名は勝手につけた)

与えられたお題のもとに行うスピーチみたいなものだ。

 

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NY観劇録② JULIUS CAESAR

ニューヨークのど真ん中に、大自然が広がっている。

毎年夏の夜になると、その中で盛大にシェイクスピア劇が上演される。

セントラルパーク内のデラコルテ劇場にて、FREE Shakespeare In The Park の"JULIUS CAESAR"を観劇してきた。

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NY 観劇録① STOMP

ニューヨークに来て初めての観劇は、オフ・ブロードウェイの"STOMP"

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NY雑感①

いろいろな幸運が重なって、現在ニューヨークに住んでいる。滞在2日目が終わったので、第一印象を書き記しておこうと思う。

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岸田國士めぐり

ワークショップ用の脚本を選んでいる。

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【エッセイ】演劇と映画のエッセンス

所属している映画ゼミで書いた論文。

後で読み返してみるとひどい出来なのだが、前半は割とまとまってるので、自分のブログで公開します。(ゼミHPには案の定掲載されず……笑)

バザンの演劇と映画論を基に、ピーターブルックの演劇論を解釈しようと試みたけれど詳細な分析ができず、コテンパンにされる。いつかもっとちゃんと取り組んで書きたい。

 

演劇と映画のエッセンス

 アンドレ・バザン『映画とは何か』(1975)をもとに、“Peter Brook: The Tightrope” (2012)を見る。
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劇的表現について

雑記

稽古をしつつ、考えることがある。

演劇は、音楽でもダンスでも漫才でも、舞台の上にのせてしまえばもれなく「演劇」になってしまう。

「表現」という単位で考えたとき、俳優もダンサーも、詩人も文筆家も、ミュージシャン画家も写真家も、皆平等である。各々がもつ表現欲を何によって表現するのか、という選択肢(媒体)は実に多様だ。

だが、舞台上でそれらを統合すれば演劇になり、カメラでそれらをとらえればそれは映画になる。ただそれだけのことだ。

 

どうしてもせりふが出てこない場合は踊ればいい。歌えばいい。絵を描けばいい。大切なのは、せりふをどう言うかではなく、その台詞を言うに至った衝動がどこにあるかであるはずだ。それが声と身体でうまく表現できないならば、絵をかき写真を撮り、詩や小説をかけばいい。

そういった寛容さが、学生演劇の稽古場では絶対に必要である。

 

……もっとも職業俳優は、せりふを言う術に長けていなければならないのだが。