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演劇と珈琲、本と酒。

演劇とか珈琲とか本とか酒とかについて綴られるはず。

岸田國士めぐり

ワークショップ用の脚本を選んでいる。

 

「名作」を使う、といった手前、オリジナル脚本を用いると白けてしまう。そりゃそうだ。自前の脚本を用いた日には二度とキャンパスを歩けないだろう。

 

今回は純粋に古典戯曲から探そうと思っている。

去年の今頃、新学期のWSで使った脚本が岸田國士の『動員挿話』だった。演劇に初めて触れる人たちに対して、何を言えばいいのか考えたときまず思い浮かんだのが「対話」だった。具体的に言えば、相手のせりふを聞くこと。今年もその軸を変えるつもりはないが、新年度に際して新しい試みを何かしたいと考えている。

ぶっちゃけたところを言うと、今年も『動員挿話』でいいんじゃないかと思っている。なんせ、良い。日本語が美しい。翻訳劇にはない、日本語独特のリズムというか、岸田國士の描く人間が生々しく声を出している。旧仮名遣いとかの制約はあるわけだけれど、描かれている人間の姿は決して古くない。古くないというか、新しさがあるといった方が正しいのか。そんな感じだ。

『動員挿話』には男2、女2の場面がある。友吉と数代、少佐と少佐夫人が会話する場面。少佐の出征にお供するか否かはっきりしない友吉を、罵倒する少佐。それに反抗する数代。なじる夫人。戦争っていう有事の時だからこそ描ける、無鉄砲な愛。こういうのが好きだ。めちゃくちゃいいんだよなあ。

……だがしかし。今回は男女比が合わない。すでに連絡が来ている人だけでも、男女比は2対1で、このまま『動員挿話』をするとしたら女子が圧倒的に足りないのである。ううむ。というわけで『動員挿話』はあきらめた。

次に迷ったのは同じく岸田國士の『紙風船』。倦怠期を迎えた夫婦の、晴れた日曜日の午後。理想と現実の間で、夢を見る人たち。恋愛において、大正十四年と現代との間に大した差はないんじゃないかと思える。そんな戯曲。だがこれは、扱うには多少難しさがある。一見して何も起きない、平凡な日常の描写だからだ。もっとわかりやすく対立しているダイアローグはないものかと思い、今回は見送る。 

とまあ、岸田國士で随分と探した。ほかにも『命を弄ぶ男ふたり』とか『恋愛恐怖病』とかもあたってみたけれど、・とっつきやすくて、・対立が明確で、・男女比がぴったりっていうやつはなかなかない。恋愛恐怖病とかは出てくる人たちが高学歴の大学生だし、好きだけど好きじゃないみたいな話だし、今回じゃなくても機会があればどっかでやりたいと思う。

 

そんでもって、シェイクスピアなりチェーホフなりイプセンなりを読んでいる。どうせならリアリズムがやりたい。